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鈴木徹という生き方#04 
プロとして生きるということの巻

■甘くなかったスポンサー探し

 大学卒業後、僕は就職をせずに2004年のアテネパラリンピックでメダル獲得を目指すべく、大学の競技場で練習をしながらフリーター生活を送っていました。「パラリンピックでメダルをとったらスポンサーを見つけよう!」と予定を立てていましたが、結果は6位。この成績では支援をしてくれる企業はないと思い、プロスポーツ選手になる夢をあきらめかけていたときでした。ふっとある言葉が頭をよぎったのです。「後悔だけはしたくない」と。小さい頃からの夢だったということもあるのですが、「あの時、こうすればよかった」なんていう言葉は口にしたくはなかったですしね。特に走りを伴うスポーツは、若いうちしかできませんから…。
 再びスポンサー探しをする決意はしたものの、どう行動したらいいのかがわからない。そこで、まずは自己プロフィールをはじめとする競技やメディア実績等の資料作りからはじめました。それを大学の先生や知人にたくし、スポンサーを探してもらっていましたが、忙しい日々を送っている方たちばかりでなかなか進展せず…。そのうちシーズンインも近づき、不安感が限界に差し掛かったとき、いよいよ「自分でやろう!」と決意したんです。
 当時の僕は“企業”というものに対する知識がなかったので、とりあえず『四季報』を買ってきて、スポーツの普及や障害者の雇用に前向きな企業をピックアップしました。本音を言ってしまえば、利益を上げている企業が優先的でしたけど(笑)。
 基本的に午後からはトレーニングが入っていたので、午前中に支援してくれそうな企業の広報に電話やメールで接触。ところが、思っていた以上に現実は厳しく、「ウチの会社は個人への支援はしていません」という言葉など、もう耳にタコができるくらい聞かされました…。100社以上はあたりましたが、ほとんどが門前払い。向こうから求めているものではないので、当然といえば当然ですけどね。でも、自分という商品を企業にアピールしているわけですから、やりがいは十二分! 「努力をすればいつかは報われる」の言葉を信じ、その後も1人で黙々とスポンサー探しを続けました。

■夢が叶った後に待っていた現実

 スポンサー探しをはじめてから3ヶ月後のこと。ついに1社から、スポンサー契約をしてくれるとの連絡が入りました! その間の苦労が報われたことはもちろん、小さい頃からの夢が叶ったわけですから、もう子供のように全身で喜びを表現しましたよ(笑)。ところが、その喜びもつかの間、奈落の底へ突き落とされることに…。
 世間でいうところのプロスポーツ選手は、競技で結果を残し、その対価として収入を得ます。ところが障害者スポーツの世界では、競技で結果を残しても、その対価を得ることは難しかったのです。
 たとえば日本の場合、パラリンピックに出場するほどの選手でも、強化費がでることもなければ、金メダルをとったとしても1円ももらえません。その他の身体障害者の国内大会でも、もちろん賞金は一切でません。海外にいけば賞金が出る大会もありますが、優勝しても渡航費を超えることはまずありません。そんな状況だったので、念願のプロスポーツ選手になったはいいが、収入源はスポンサーからの支援のみ。正直、「これからたくさん稼いで、いい車に乗って、いい服を着るんだ!」なんて大きな野望を抱いていましたが、実際のところは競技をやればやるほど赤字状態ですからね。プロスポーツ選手になったほうが苦しい生活を余儀なくされることになるとは、夢にも思いませんでしたよ(苦笑)。

■プロとして生きるということ

 もちろん、悪いことだらけではありません。生活は潤っていなくても心は充実していたし、なにより“プロとは何か?”を学びました。それは、“技を追求し続ける”ということです。似たような世界がありますよね? そう、伝統的な技術を受け継ぐ職人の世界です。ある精肉職人は、休憩時間はトイレの中だけで、あとはひたすら肉を切る作業を続けるようですし、ある動物カメラマンは10時間以上も木の上に登りっぱなしで動物の観察をするようです。誰に何と言われようと、仕事のことを絶えず考え、技術を磨き続ける職人魂がそこにはあります。富や名声などの栄光を手にするためではなく、高い技術を持って時代を継承していくのです。
 彼らに共通しているのは“型をつかむ”ということ。手で包丁を持って肉を切るのではなく、手と包丁が一体化して肉の中に刃が吸い込まれていく。動物を見てカメラのシャッターを押すのではなく、動きの流れに沿ってシャッターが押される。それはまさに無我の境地で発揮される究極の技。その姿をみて思ったことは、自分はまだスタートラインに立ったにすぎないんだということ。真のプロという名の職人を目指すことが、プロとして生きることの使命だと気づいたんです。
 まだ僕は、スタートしてから跳ぶまでを意識しないと跳躍が成立しない状況ですが、いつかはマットに吸い込まれるように助走をしていき、足を置いたらスーパーボールのように弾けるジャンプがしたいと思っています。それが、走り高跳びで言うところの“型をつかむ”に値するから…。
 今回の話で、色々な面!?で“プロの厳しさ”がお分かりいただけましたでしょうか(笑)。でも、プロになることは決して難しいことではないということも、最後に知ってもらいたいんです。自分の分野における探究心を捨てることなく、自分の可能性を信じて行動し続ければいいのですから、ね。