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バックナンバー- 【鈴木徹という生き方】#01
好きなことだからこそ、
どんなことがあっても乗り越えられる!の巻
【鈴木徹という生き方】#02
自分の人生を、人のせいにしない!の巻
【鈴木徹という生き方】#03
しんどいときこそ、上を向いて歩こう!の巻
【鈴木徹という生き方】#04
プロとして生きるということの巻
【鈴木徹という生き方】#05
感謝の気持ちを、いつも抱いての巻
【鈴木徹という生き方】#06
海外生活を経験して、分かったことの巻
【鈴木徹という生き方】#07
世界を舞台に活躍したい!の巻
【鈴木徹という生き方】#08
自分の感情をコントロールするためには…の巻
【鈴木徹という生き方】#09
負けたことから学んだことの巻
【鈴木徹という生き方】#10
ヤル気&積極性を生み出すには…の巻
【鈴木徹という生き方】#11
“何かをやってみる”から、スタートしよう!の巻
【鈴木徹という生き方】#12
夢を持っている人、持っていない人の巻
鈴木徹という生き方#02
自分の人生を、人のせいにしない!の巻
■なぜ自分だけ…ではなく、出来事を受け入れることが大事
「最終的には起きたことを自分で受け入れ、自分で決断しなければならない」
交通事故やこれまでの人生の経験から、ボクが強く思ったことです。どんなに嘆いたところで、起きてしまった出来事は変えられない。重要なのは、目の前に起こった出来事をどう受け入れるかなんです。
ボクが交通事故を起こしてしまったのは、18歳のとき。最初に足切断の可能性を伝えられたときは、正直「なぜ自分だけ…」と嘆いたし、両親に「どこかで足を買ってきて」と言ったりもしました。実際には売っていませんけどね(笑)。
結果的に足切断を数時間で受け入れましたが、もちろん当初は足がある状態で生活を送ることを願っていました。本当に、心から…。でも、その思いに逆らうかのように足の体温はどんどん下がり、同時に足先から少しずつ壊死が始まっていったのです。とうてい自分の足とは思えず、また病室の外で主治医と話す両親の姿を見たときは、思わず現実逃避をしたくもなりました。
やがて、足がダメになるのはもはや時間の問題だと察したボクは、病室が寝静まった夜にこう考えたんです。「自分の判断で車の免許を取得した。事故を起こして、こういう状況になったのは誰のせいでもなく、自分の責任。だから自分で罪を償おう」と。後に両親から聞いた話ですが、そのときにボクは「カーテンを閉めて、ひとりになりたい」と言ったそうです。連続ドラマに出てきそうなセリフですが、俳優に憧れていたわけではないので誤解しないで下さいね(笑)。ただ誰に頼ることなく、また誰のせいにすることもなく、自分自身をしっかり見つめて判断したかったからだと思います。その夜を境に目の前に降りかかった出来事を受け入れたボクは、事故から1週間後、主治医から手渡された承諾書にも何のためらいもなくサインをしました。
■不幸な出来事を受け入れるには、新たな可能性を見つけるべし!
振り返ってみると、ボクはもともと即決できる人間ではありませんでした。食事の注文や洋服を選ぶときなども、大いに迷い周囲のイライラを誘うことはしばしば。おまけに高校と大学の願書提出は、ナントどちらも締め切り1週間前! これには両親も呆れていましたけどね(笑)。いわゆる優柔不断な性格だったわけです。義足となった今は、人生に対する迷いがなくなったので、即決とはいかないものの優柔不断な性格は変わりつつあります。ですが、1つだけ変わっていないことがあります。それは、どんなに時間がかかっても最終的には?自分?で決断してきたということ。
例えばボクは、中学・高校とハンドボール部に所属していたのですが、どちらも県内トップクラスのレベルでした。当然、練習漬けの日々を送っていましたが、中学校時代は県2位が最高。また、高校では前評判が良かったにもかかわらず、春の選抜・夏のインターハイといずれも1回戦で敗退。これはショックでした。「結果は後からついてくる」なんていう言葉の存在を疑いましたね。「もうきつい練習はやめて、楽しくやろう」と思い、大学は強豪校の誘いや両親の勧めを振り払い3部リーグを選んだのです。ところがその後、徐々に「後悔だけはしたくない」という気持ちが膨らみだし、結局のところ恩師の先生と両親に頭を下げて進路変更したのですが…。ホント、優柔不断でしょ(笑)。
そう考えると、ボクは遠回りをしながらも最終的には自分で決断をしてきている。そうであれば、結果に対し誰のせいにもできないのは当たり前ですよね。事故に関しても同じ。自分で起こしたからには、受け入れるしかないわけです。ですがそこで、大事なポイントがあります。それは、新たな可能性を探すということ。ボク自身、「足を失ってもスポーツができる」という可能性を信じたからこそ、足切断に踏み切ることができました。逆に「足を失ったらスポーツはできないだろうな」なんて思ってしまったら、今の自分はなかったと思います。
■自分の可能性を信じ、真正面からぶつかっていく
スポーツの世界にある指導方法のひとつに、“意識を外す”というものがあります。これは、意識をしないということではなく、今の意識を捨て、新たに別のところを意識するということです。ランニングを例にとって説明すると、力いっぱい腕を振って走っている人がいたとします。意識を外すとは、「地面を抑えるように走る」といったふうに腕振りのことは一切触れず、足の動きに意識を集中させるのです。そうすることで、過意識による力みがとれるほか、自然と正しい姿勢が結果的に獲得されていくわけです。
これは就職活動においても使える考え方だと思います。落ちたらどうしよう…というネガティブな考えではなく、受かったらその会社で〇〇をしよう!など別の意識をもって、失敗を恐れず立ち向かうほうが良い結果もでやすいでしょう。余談ですが、ボクはプロスポーツ選手として活動するため、スポンサーを探し100社以上の企業にアプローチをした経験があります。必要としていないところにお願いをするわけですから、9割以上が門前払い。社会の厳しさを痛感しました。それでも、無下に断られたことなど気にせず、自分の可能性を信じてアプローチを続けたんです。その結果、ありがたいことに義足界初のプロアスリートになることができました。
アレコレと理由を並べ、すぐに人のせいにしてしまう。そういった人たちには、ある共通点があるような気がします。それは、大事な決断すら他人に一任してしまうということ。確かにそのほうが自分にかかるリスクは小さいし、責任を負わないでいいので楽ですよね。そのくせ、いざというときに自分の非は絶対に認めないから困ったものです。一方、あらゆる分野のトップをみてください。最終的な判断は自分でし、社内やチーム内などで問題があった場合は必ず責任をとります。逆説的になってしまいますが、それができるからこそトップになれたと言えるでしょう。
自分の人生を、人のせいにしない。言い換えれば、自分の可能性を信じ、どんなことにも真正面からぶつかっていく。それこそが充実した人生を送る秘訣なのではないでしょうか。その過程で、もしも壁にぶち当たったら意識を外してみてください。皆さんならできる! 片足のボクにできて、皆さんにできないことなんてないですよ。








